日常生活の中で、私たちは「眠る」と「起きる」を繰り返しています。でも、これらの状態のスイッチングは、脳のはたらきによって精密にコントロールされているんです!皆さんの中にも、目覚まし時計が鳴る前に自然と目が覚めたり、電車で気持ちよく座っているうちに眠ってしまったりした経験をお持ちの方もいらっしゃると思います。一体どのような仕組みで「眠る」と「起きる」を切り替えているのでしょうか?
この仕組みを探るために、脳の中にある「神経核」という重要なエリアに注目してみましょう!神経核とは、特定の役割をもつ神経細胞(ニューロン)の集まりのこと。たとえば、「眠る」や「起きる」に重要な神経核に「PPT」や「LDT」と呼ばれるものがあります。なんだかわかりにくい名前ですが、この記事の中で詳しく説明していきます!
睡眠と覚醒の制御には欠かせない5つの神経核
今回の記事では、私たちの「眠る」や「起きる」をコントロールする神経核の中から5つをご紹介いたします。それぞれの神経核は(といっても、正直ややこしくて覚えなくても大丈夫ですが)、
- 脳橋被蓋核(PPT)
- 背外側被蓋核(LDT)
- 結節乳頭体核(TMN)
- 縫線核(Raphe)
- 青斑核(LC)
と呼ばれるものです。これからは、漢字ではなくアルファベットで表記させてください。名前だけ見せられてもよくわからないという方もいらっしゃると思いますが、これから詳しく説明しますので、ご安心ください。
さて、これらの神経核(神経細胞の集まりのことでした)はどこに位置しているのでしょうか。脳の表面でしょうか、あるいは脳のヒダヒダ部分でしょうか。簡単に言うと、脳の中心部分にあります。もう少し正確に言うと、脳幹(のうかん:brainstem)や視床下部(ししょうかぶ:hypothalamus)と呼ばれる領域にあります。これらの領域を図で確認してみましょう!
脳幹は主に中脳(ちゅうのう:midbrain)・橋(きょう:pons)・延髄(えんずい:medulla)という領域に分類されます。そして、中脳は視床(ししょう:thalamus)や視床下部がある間脳につながります。一方で、延髄は背骨の中を通る脊髄(せきずい:spinal cord)につながります。このように、脳の中心部分は頭上から「間脳→中脳→橋→延髄→脊髄」の順番で並んでいるといえますね!
では、先ほどややこしい名前だけ紹介した神経核の位置を確認してみましょう。PPTとLDTはどこにあるでしょうか?図で探してみればわかるように中脳と橋の境界あたりにありますね!また、TMNはというと、視床下部にあります。さらに、Rapheは(脳幹全体に分布するとは言われていますが)橋にありますね。同じように、LCも橋にありますね。これ「はし」ではなくて「きょう」でした。
これらの神経核の位置を、図ではなく皆さんの頭の中で想像してみてください。大まかなイメージは掴んでいただけましたでしょうか?では、それぞれの神経核の「はたらき」についてみていきましょう。
コリン作動性ニューロン核 – PPT, LDT
先ほど位置を確認した5つの神経核の中からPPTとLDTについて見ていきましょう。これらの神経細胞は、アセチルコリン(acetylcholine)という物質を神経伝達物質(neurotransmitter)として用いています。ですので、このアセチルコリンのコリンをとって、コリン作動性ニューロン(cholinergic neuron)と呼ばれることがあります。
神経伝達物質という言葉を説明していなかったですね。神経伝達物質とは、神経細胞間で情報を伝達する「バトン」のような役割を果たす物質です。前の神経細胞(シナプス前細胞)が活性化すると、ある物質がシナプス間隙(神経細胞の間の空間のこと)に放出されます。この放出された物質が神経伝達物質の正体です。ちなみに、この物質が後の神経細胞(シナプス後細胞)の表面にある受容体(receptor)に結合すると、シナプス後細胞の中を信号が伝達していきます。この様子はイメージできましたでしょうか?
さて、PPTやLDTはどのように活動するのでしょうか。ここでいう「活動する」というのは、神経細胞が興奮して神経伝達物質であるアセチルコリンを放出するということを指しています。PPTやLDTは活発に活動すると、視床(thalamus)や前脳(forebrain)にある神経細胞にアセチルコリンを放出し、それらを活性化させます。
ところが、PPTやLDTの神経細胞が活動して視床や前脳の神経細胞を活性化させるといっても、私たちの「起きる」や「眠る」といった状態に応じて、その活動がもたらす効果は異なることが知られています。具体的にいつ活動するのかというと、主に私たちが起きている「覚醒」状態と、眠っている「REM睡眠」状態です。
それぞれの状態での活動を確認してみましょう!覚醒時は、私たちの注意や認知の度合いを高めることに役立ちます。感覚器官を通して知覚できる情報を処理するために必要な覚醒レベルをもたらしてくれます。一方、REM睡眠時は、私たちが夢を見たり記憶を定着させたりすることに役立つことが知られています。睡眠中であっても、私たちの内部で起こるアクティブな活動をもたらしてくれます。このように、PPTやLDTが活動することによって、私たちは覚醒時に外部世界の情報を処理し、REM睡眠時に内部世界の情報を処理できるわけです。
ここで、少しだけ注意です。いままで、あたかもPPTやLDPが単独ではたらいているかのように説明してきました。ですが、実際は他の神経核とお互いに関連しながらはたらいています。ここでの説明は、あくまでも複雑な神経ネットワークの一部を切り取ってきて単純に説明したということはご注意ください。
最後に、コリン作動性ニューロン核であるPPTやLDTのはたらきをまとめておきましょう!覚醒中は活動しますが(↑)、REM睡眠中に最も活発に活動します(↑↑)。一方で、NREM睡眠中は活動しません(0)。
覚醒 | REM睡眠 | NREM睡眠 | |
PPTやLDTの活動度合い | ↑ | ↑↑ | 0 |
ここまでコリン作動性ニューロン核のはたらきについて見てきました。ですが、これらのはたらきだけが「起きる」という状態や「寝眠る」という状態をコントロールしているわけではありません。実際に、コリン作動性ニューロン核は、覚醒時にもREM睡眠時にも(活動の度合いは異なりますが)活動することを確認しましたね!ですから、これらの神経核の活動だけでは十分に理解できないわけです。では、この記事の最初の方に名前だけ挙げていた残りの神経核についてみてみましょう!
モノアミン作動性ニューロン核 – TMN, Raphe, LC
では、TMN・Raphe・LCについて深掘りしてみましょう!まず、モノアミン作動性ニューロン核(monoaminergic neuron)という言葉を見て、先ほどのコリン作動性ニューロン核から類推すると、これらの神経核の神経伝達物質はモノアミンだ!とお気づきの方もいらっしゃるかと思います。モノアミンとはアミノ基(-NH2)をひとつだけもつ化学物質の総称です。実際に、TMN・Raphe・LCはそれぞれモノアミンに属する異なる物質を神経伝達物質として用いています。では、これらの神経伝達物質を表にまとめてみましょう!
モノアミン作動性 ニューロン核 | TMN | Raphe | LC |
神経伝達物質 | ヒスタミン | セロトニン | ノルアドレナリン |
これらの神経細胞が活動する、つまり神経細胞が興奮して上のような神経伝達物質を放出するのは私たちがどのような状態にあるときでしょうか?実は、私たちが起きている「覚醒」状態と、眠っている「NREM睡眠」状態に活動することが知られています。
では、モノアミン作動性ニューロン核であるTMN・Raphe・LCのはたらきをまとめてみましょう!覚醒中は活発に活動します(↑↑)が、NREM睡眠中はその活動が弱くなります(↑)。一方で、REM睡眠中は活動しません(0)。
覚醒 | REM睡眠 | NREM睡眠 | |
TMN・Raphe・LC の活動度合い | ↑↑ | 0 | ↑ |
まとめ
私たちが「起きる」とか「眠る」を繰り返すなかで、脳の神経細胞はそれぞれ特徴的にはたらくことを確認してきました。モノアミン作動性ニューロン核が活発に活動すると、私たちの脳が目覚めるという意味では、覚醒状態の司令塔が明らかになったと言えるのかもしれません。私たちの無意識の状態で、このようなコントロールがなされていることを想像すると、不思議に感じてきませんでしょうか?
ここで、睡眠状態の司令塔とは一体何なのかという疑問が湧いてくるかもしれません。これについては、次にご紹介したいと思います。
参考文献
今回の記事は、次の論文を骨組みにして書きました。より正確な情報や詳細は、ぜひ論文をご参照ください。
The sleep switch: hypothalamic control of sleep and wakefulness
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