みなさん、こんにちは!前回の記事では、私たちの睡眠や覚醒をコントロールする神経核(神経細胞の集まりのこと)のはたらきを詳しく確認しました。とくに、モノアミン作動性ニューロン核であるTMN(結節乳頭体核)・Raphe(縫線核)・LC(青斑核)は、活発に活動すると前脳(forebrain)を活性化させ、私たちが「起きる」には重要な神経核でした。詳しい内容について興味のある方は、前回の記事をお読みいただければと思います。
このように、モノアミン作動性ニューロン核の活動は睡眠や覚醒といった状態に依存しています。ですから、この神経核の活動をもたらす源となる別の神経核を明らかにすれば、睡眠覚醒システムをより深く理解できそうな気がしてきませんか?要するに、モノアミン作動性ニューロン核の司令塔は誰かということです。そこで、今回はモノアミン作動性ニューロンの活動に影響を与える(あるいは相互関係にある)神経核のはたらきについて理解し、睡眠覚醒のメカニズムを深掘りしていきましょう!
腹側外視索前野(VLPO)とその抑制作用
モノアミン作動性ニューロン核と重要な関係にある神経核とはズバリ何なのでしょうか?それは腹側外視索前野(ふくそくがいしさくぜんや:VLPO)と呼ばれる領域です。これからはVLPOと呼ばせてください。
このVLPOは一体どこにあるのでしょうか?下の図を用いて確認してみましょう!視床下部にあるTMNの近くにありますね!実は、VLPOもTMNと同じように視床下部に位置しています。
なぜVLPOはモノアミン作動性ニューロン核と重要な関係にあるのでしょうか?それはVLPOにある神経細胞がモノアミン作動性ニューロン核へ軸索(axon)を伸ばしているからです。軸索とは、ある神経細胞から別の神経細胞に伸びる情報伝達経路のようなもの。この軸索のネットワークを明らかにすると、脳の中で情報がどのように伝達されるのかという「地図」が得られるわけです。
では、VLPOから伸びる軸索のネットワークを明らかにしてみましょう!まず、VLPOの軸索はTMNの細胞体(cell body)や近接樹状突起(proximal dendtite)につながっています。つまり、VLPOからTMNへなんらかの情報が伝達されるということですね。また、RapheやLCにもつながっています。この場合も同様に、RapheやLCへなんらかの情報が伝達されているということです。
要するに、VLPOの神経細胞から、私たちの覚醒に重要なモノアミン作動性ニューロン核であるTMN・Raphe・LCの神経細胞に情報を伝達しているということです。ちなみに、前回の記事でご紹介したコリン作動性ニューロンであるPPTやLDTの付近の領域にも軸索を伸ばしていることが知られています。
神経細胞のネットワークは明らかになりましたが、VLPOから他の神経細胞にどのような情報を伝達してはたらいているのでしょうか?一般的に、神経細胞のはたらきは2種類に分類されます。それは、次の神経細胞(シナプス後細胞)の活動を促進する興奮性のはたらきと、次の神経細胞(シナプス後細胞)の活動を抑制する抑制性のはたらきです。これはどのようにして決まるのかというと、前の神経細胞(シナプス前細胞)が放出する神経伝達物質(neurotransmitter)の種類により定まります。たとえばグルタミン酸は興奮性の神経伝達物質としてはたらきます。一方、ガンマアミノ酪酸(GABA)は抑制性の神経伝達物質としてはたらくことが知られています。VLPOの神経細胞のはたらきを理解するためには、神経細胞のネットワークについて調べた上で、それぞれの神経細胞の神経伝達物質を明らかにするとより明確になります。
では、VLPOの神経伝達物質とは何なのでしょうか?VLPOにある神経細胞のうち約80%がグルタミン酸を脱炭酸してガンマアミノ酪酸(GABA)を合成する酵素を含んでいます。また、ペプチド(アミノ酸が50個以下だけペプチド結合したもの)のガラニンも含んでいます。このGABAやガラニンは抑制性の神経伝達物質としてはたらきます。つまり、VLPOにある神経細胞は接続する神経細胞の活動を抑えるというわけです。
このように、VLPOは私たちの覚醒作用をもたらすモノアミン作動性ニューロン核であるTMN・Raphe・LCやその周辺領域に軸索を伸ばして、抑制性の神経伝達物質であるGABAやガラニンを放出しています。VLPOは覚醒を維持することに寄与するモノアミン作動性ニューロン(TMN・Raphe・LCなど)の活動を抑制するということですから、私たちが「眠る」ために必要な神経核であると考えられますね。
VLPOは私たちが「眠る」ために必要なのか?
VLPOにある神経細胞が活動すると、私たちに覚醒をもたらすモノアミン作動性ニューロン核(TMN・Raphe・LC)の活動が抑えられることを確認しました。つまり、VLPOの活動は覚醒の度合いを弱めて睡眠をもたらすために重要であると考えられます。ですが、一度立ち止まって、VLPOは私たちが「眠る」ために本当に必要なのでしょうか?ここではVLPOのはたらきについてさらに深掘りしてみましょう!
ある先行研究を紹介します!この研究では、イボテン酸をVLPOに注入して興奮毒性を発生させることで、VLPOの神経細胞を損傷させ、その機能を損失させました。興奮毒性とは、注入されたイボテン酸がVLPOの神経細胞表面にあるグルタミン酸受容体に結合し、神経細胞を過剰に興奮させる現象です。この過剰な興奮により、神経細胞内のカルシウムイオン濃度が急激に上昇し、ミトコンドリアといった細胞小器官が機能不全に陥ります。その結果、神経細胞自体がアポトーシスやネクローシスによって死滅してしまいます。このように、標的となる神経細胞を選択的に損傷させ、体全体で観測される機能的な変化を観察することで、その神経細胞の役割を明らかにできます!
VLPOが損傷すると不眠症(insomnia)を発症するという研究があります。ですが、このような研究で損傷が加えられた領域はVLPOだけではなく周辺領域も含まれていました。ですから、不眠症の原因がVLPO自体の損傷によるものなのか、あるいはその周辺領域の損傷によるものなのかを区別することができません。したがって、この結果だけではVLPOが不眠症の根源であるとは断言できないわけです。そのため、VLPOのはたらきを明確にするには、より選択的な手法が必要だということになります。
では、他にどのような手法があるのでしょうか?ここでは、Fos免疫染色法を用いて神経細胞の活動を調べる方法をご紹介します。
Fos免疫染色法を用いて神経細胞の活動の形跡を記録するとはどういうことでしょうか?まず、調べたい神経細胞がFos遺伝子を含んでいる場合を考えます。このとき、この神経細胞が発火(活動)すると、Fos遺伝子が発現して、Fosタンパク質が合成され神経細胞の細胞体に蓄積します。このFosタンパク質を染色することで、神経細胞の活動状態を可視化できるというわけです。具体的には、Fosタンパク質が多く蓄積している神経細胞は活発に活動したこと、逆にFosタンパク質があまり蓄積していない神経細胞は活動が少なかったことを示しています。このようにして、神経細胞内に蓄積したFosタンパク質の数を数えることで、その神経細胞の活動レベルを調べることが可能になります。
Fos免疫染色法を用いてVLPOと睡眠状態の関係を調べた研究をご紹介します!この研究では、VLPOの中心部分(VLPO cluster)にある神経細胞のうち80-90%程度を失ったラットは、NREM睡眠が50-60%も減少しました[2]。VLPOの中心部分にある神経細胞の減少は、NREM睡眠の減少に強く相関していました(相関係数=0.77)。一方、REM睡眠の減少にはそれほ相関していませんでした。しかし、VLPOの周辺部分(extended VLPO)にある神経細胞の減少は、REM睡眠の減少に強く相関していました(相関係数=0.74)。一方、NREM睡眠にはそれほど相関していませんでした。
このように、VLPOはやはり睡眠をもたらすために重要な役割を果たしていることがわかります。さらにVLPOは小領域(中心部分・周辺部分)で分かれており、それぞれがNREM睡眠やREM睡眠のコントロールに関わると考えられます。具体的には、VLPOの中心部分(VLPO cluster)はNREM睡眠のコントロール、VLPOの周辺部分(extended VLPO)はREM睡眠のコントロールに強く関係しているといえます。
まとめ
腹側外視索前野(ventrolateral preoptic nucleus:VLPO)は、抑制性の神経伝達物質であるGABAやガラニンを覚醒をコントロールする神経核(TMN, Raphe, LCなど)に放出し、私たちの覚醒を抑えて睡眠をもたらします。
VLPOの中心部分(VLPO cluster)は主に覚醒系神経核を抑制し、NREM睡眠の安定化に寄与します。一方、VLPOの周辺部分(VLPO extended)は特にREM睡眠の促進に関与していると考えられています。
参考文献
- Saper, C. B., Chou, T. C., & Scammell, T. E. (2001). The sleep switch: hypothalamic control of sleep and wakefulness. Trends in neurosciences, 24(12), 726-731.
本文の大部分を参考にさせていただきました。詳しくはこちらの論文をご確認ください。
https://www.cell.com/trends/neurosciences/abstract/S0166-2236(00)02002-6 - Lu, J., Greco, M. A., Shiromani, P., & Saper, C. B. (2000). Effect of lesions of the ventrolateral preoptic nucleus on NREM and REM sleep. Journal of Neuroscience, 20(10), 3830-3842.
https://doi.org/10.1523/JNEUROSCI.20-10-03830.2000
コメント